かつて私自身が原因不明の目まいと難聴に悩まされていた時のことです。その頃通っていた鍼灸の講習会の先生にそのことを相談したところ、腎経を強める治療をするように薦められました。腎経とは足から腎臓を通って胸のほうまで巡っている気の流れのことです。なぜ耳の治療に腎なのか尋ねると、「耳と腎臓って形がよく似ているから」と真顔で答えたのです。大の大人が納得できる理由ではありません。
しかし、これが東洋医学の考え方なんですね。デカルト以来の近代の科学は、事象や物質をどんどん細かく分けていき、個々の違いを際だたせていくものと言えるでしょう。一方、鍼灸のもととなる東洋哲学は「AとBは似ている。だから一緒、だから繋がっている。」という論法です。
先生の論理はまさに東洋哲学のそれで、近代科学の論法が身についている私たちは目が点になってしまうのです。
近年特に鍼灸治療のメカニズムを西洋医学的に検証する試みが盛んです。東洋医学を西洋医学に翻訳するということは、鍼灸を多くの人に理解してもらうためにも、とても重要なことだと思います。しかしそれが東洋医学の発想を否定するものではあってほしくないのです。世の中にはこういう別の発想もあるんだと、認め合えていければと思います。
一見、眉唾に思えるこの東洋医学の論理は、実際、なかなか機能しているのです。私の目まい難聴は、その後、腎経に力をつける治療ですっかり治りました。