眠れない夜は、入眠剤よりも夜更かしをお勧めします

夜間も暑いためか、睡眠導入剤の処方を希望される患者さん、特にご高齢の方が増えています。
睡眠導入剤のうち、マイスリー(ゾルビテム)やハルシオン(トリアゾラム)、レンドルミン(ブロチゾラム)といったベンゾジアゼピン系の薬は、厚生労働省が定めた「一か月に30日分しか処方できない」という規則があるため、途中で無くなったからといって、前回処方から30日分の残薬がある間は追加の処方はできません。
30日を待たずに来院される方の多くは「寝付けない、あるいは夜中に目が覚めてしまったので追加で飲んで足りなくなった」とおっしゃるのですが、これは一番危険な服用方法です。入眠剤の副作用で「眠れない夢」をみながら浅く眠っている、ということもあります。
ベンゾジアゼピン系薬剤の作用機序は脳内のGABA(γ-アミノ酪酸)受容体に結合し、神経の過剰な興奮を抑えることで、抗不安作用や催眠作用をもたらしますが、同時に筋弛緩作用もあるため、朦朧とした上に筋力も低下して転倒し、骨折や頭部を打撲する危険があります。
高齢者には過活動膀胱や前立腺肥大で夜間に何度もトイレに行かれる方も多いので、そのときに転倒して救急搬送されるということも珍しくなく、私が高齢者の睡眠導入剤の服用で一番心配しているのは「筋弛緩作用による転倒」です。
なるべく転倒のリスクを減らすために「作用時間の短い薬」を処方しているのですが、夜中に追加服用してしまえばその意味はなく、筋弛緩作用による転倒リスクは翌朝以降にも持ち越されてしまいます。
また、ベンゾジアゼピン系薬剤は長期服用により耐性、依存性が生じ、これは服用容量が増えるほど危険が高まります。「飲めば飲むほど効きにくくなる、飲まないと眠れなくなるという悪循環」に陥ってしまうのです。
厚生労働省は、筋弛緩作用がなく依存性の少ないベルソムラやデエビゴといった「オレキシン受容体拮抗薬」への切り替えを推奨していますが、すでにベンゾジアゼピン系を長期に服用してしまった患者さんには評判が悪く、「効かないので元の薬に戻してほしい」と訴える患者さんが多く、なかなか切り替えは進みません。
睡眠不足による悪影響は、免疫力の低下や生活習慣病の悪化など多岐に及びますが、特に高齢者では認知症の進行、骨粗鬆症の悪化が懸念されます。また「眠れないことによるストレス」を感じている方が多く、高齢者で睡眠導入剤を連用されている方に伺ってみると「眠れないことが辛い」が一番のようです。
我々は睡眠中に、日中の記憶や神経刺激を整理し、不要な情報や有害な刺激を削除(削除できない有害刺激が、いわゆるトラウマ)して、翌日に備えていますが、睡眠不足ではこの脳内の情報整理が進まず、新しい情報への対応が出来なくなり、認知症が進行すると考えられます。実際睡眠不足の方は認知症の原因とされる物質「アミロイドβ」が除去されず、脳内蓄積が多いことがわかっています。
また睡眠不足により、ステロイドホルモンであるコルチゾールの分泌が亢進して、カルシウム代謝が悪化して骨粗鬆症が進行します。リウマチや膠原病なのでステロイド治療を受けた方が、骨粗鬆症になりやすいのと同じ理屈です。また睡眠により分泌される「成長ホルモン」が骨の成長を促進します。骨は生まれてから死ぬまで、毎日壊して造ってを繰り返していて、3~4年のサイクルで全身の骨は全て新しくなっています。子供の成長には睡眠が必要ですが、高齢者も同じで、睡眠不足は骨粗鬆症が進行する原因となります。
ベンゾジアゼピン系薬剤の長期服用は「認知症リスクを上げる」という報告もあります。これについては影響はないという報告もあるので、服用を制限する大きな理由にはしていませんが、ベンゾジアゼピン系薬剤の作用機序から考えると、認知症への悪影響は「ベンゾジアゼピン系薬剤>不眠」であり、認知症予防のためにベンゾジアゼピン系薬剤を長期服用すべきではありません。
また骨粗鬆症予防のために入眠剤を服用するというのは合理的ではありません。骨粗鬆症には治療薬があるからです。
睡眠導入剤を服用する最大の理由が、「眠れないストレス」から解放されたいということだとおもうのですが、そもそも高齢者が睡眠導入剤を飲んでまで、眠る必要があるのでしょうか?
翌日に仕事のある方であれば、睡眠薬を使ってでも眠りたいのは仕方がないともおもいますが、翌日何時に起きてもいい、朝寝坊しても誰にも迷惑のかからない高齢者ならば、眠くもないのに、夜になったからといって無理に眠る必要はないのです。
規則正しい生活、という呪縛から解放されるべきです。同じ時間に起きて、食べて、働いて、眠るという「規則正しい生活」は健康のためではありません。みんながてんでんバラバラの時間で生活したのでは、役所や会社が成り立たず、世の中が回らなくなってしまうので、そうならないように作られたルールです。世の中を回す立場から解放された高齢者はそんなルールに従う必要はありません。眠くなったら寝て、目が覚めたら起きればいいのです。そんなストレスのない羨ましい生活が許されるのに、「眠れないことによるストレス」で睡眠導入剤を服用するなど、本末転倒なのです。
「せっかく起きていられるのですから、その時間を眠れないと悩んでいるのはもったいない。眠くなるまで本を読んだり、映画を観たり、昔の楽しいことをおもいだしたりして、起きている時間を大切に過ごされたらどうですか?翌日朝寝坊しても許されるなら、それでいいじゃないですか」(私ならそうします。もう少しすれば、嫌でも永遠に眠っていられるのですから)とご提案しています。
睡眠導入剤は常用せずに、ご旅行やお出かけなど、翌日に予定のあるときのために、その効果をとっておくことをお勧めします。
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