ひもんやだよりWEB版
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ひもんや内科消化器科診療所
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2025年11月号掲載
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ビタミン剤との付き合い方5

妊婦さんと酒飲みは要注意のビタミンB9(葉酸)

ビタミンB9(葉酸)は、1928年に英国の女性病理学者ルーシー・ウィルスが、インドのボンベイの妊婦の貧血の調査を行った際、患者に酵母のエキスを与えると貧血が改善することを発見し、ボンベイの住民が摂取している食事と同じものをアカゲザルに摂取させたところ大赤血球性貧血と白血球の減少が再現され、同じく酵母エキス投与で改善したので、1937年この未知の成分を「ビタミンM」(Mはmonkey)と命名しました。同じ頃、ホウレン草から分離された乳酸菌生育因子が、サルの大赤血球性貧血を回復させたことから、この物質がビタミンMと同じものとわかり、9番目のビタミンBはラテン語の葉を示すfoliumから葉酸(folic acid)と命名されました。

葉酸はアミノ酸や核酸の合成に関わり、葉酸が不足するとDNA生合成に支障を来たすため、分裂の活発な血球合成に障害が起こり貧血になったり、母体の葉酸不足は胎児の成長障害をきたし、二分脊椎症などの神経管閉鎖障害の原因となります。またホモシステインをメチオニンに変換する働きがあります。先天性ホモシステイン尿症の患者さんは、シスタチオニンβシンターゼ遺伝子の欠損により高ホモシステイン血症を来たし、若年から動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳梗塞を発症しやすいことから、葉酸には動脈硬化を抑える効果があると考えられます。

葉酸は、豆類、野菜、果物に多く含まれ、穀物、肉類にはあまり含まれていませんが、牛・豚・トリのレバーには大量に含まれています。葉酸は熱に弱く、長時間の高温加熱で失われ、水溶性なので茹で汁の方に移行してしまうので、調理には注意が必要です。比較的欠乏しやすい栄養素で、厚生労働省の日本人の食事摂取基準2020年版では、成人の1日推奨量は240μgで、妊婦は480μg、授乳婦は340μgの摂取が推奨されています。特に妊婦については胎児の二分脊椎症などの神経管閉鎖障害を予防するために、葉酸の摂取が強く推奨されていますが、妊娠初期、第一週が最も葉酸を必要とするため、妊娠前から葉酸を十分に摂取しておくことが大切です。アルコールは葉酸の吸収を妨げてしまうので、大量飲酒の方は葉酸不足になる傾向があります。お酒のお供には、ほうれん草のおひたしと焼き鳥のレバーが、栄養の面でも最高です。

抗がん剤や関節リウマチの治療薬であるメトトレキサートを服用されている方も葉酸欠乏症状が起こる可能性があります。メトトレキサートは小腸で吸収された葉酸をDNA合成に必要なテトラヒドロ葉酸に変換する、ジヒドロ葉酸レダクターゼという酵素の働きを抑制することで、DNAの合成を抑え細胞分裂を抑制する薬ですが、正常細胞の葉酸代謝も抑制してDNA合成を阻害してしまうため、葉酸不足と同じ状態になってしまうわけです。

妊婦や授乳婦はサプリメントでの補充をお勧めします。アルコール多飲者も食事内容によっては検討してもよいかもしれません。水溶性ビタミンなので、過剰摂取のリスクは基本的にないのですが、いくつか気になる報告もあります。

B9

ノルウェーで行われた虚血性心疾患患者を対象にして行われた調査において、葉酸とビタミンB12のサプリメント摂取は大腸がん、肺がん、総死亡率などを増加させたという報告が2009年に出ています。一方我が国の厚生労働省が行った1993年から2003年までの追跡調査では、血中の葉酸の濃度と大腸がんの発症リスクには相関がないとしています。愛知県がんセンター研究所からは、大腸がんのリスクである大腸ポリープのできやすさと葉酸の濃度には関係があるといわれ、血液中の葉酸濃度の値が8ng/ml以上あれば、女性なら大腸ポリープの頻度が約2割減、男性なら約5割減すると報告されています。うーん、悩ましいですね。葉酸代謝を抑える薬が抗がん剤として効果があるということを考えると、すでにがんがある人が過剰に葉酸を摂取することで、がんの進行を促進する可能性はありそうなので、無症状のがんが潜在している可能性の高い高齢者は、葉酸の過剰な摂取は控えた方が良いのではないか、というのが私の意見です。

妊娠中の葉酸過剰摂取が、児の発達障害や自閉症の原因ではないか?という懸念もあります。これは厚生労働省が妊婦への葉酸摂取を推奨して以降、発達障害児や自閉症児が増えていることからの推測です。葉酸は体内で活性型のメチル葉酸に変換されて効力を発揮しますが、体質的に葉酸を活性型のメチル葉酸に変換することが苦手な人は、化学合成された葉酸のサプリメントを飲んでも効果が得られません。一方自然の生物由来の食品には葉酸だけでなく活性型のメチル葉酸が含まれていますので、葉酸のメチル化が苦手な方でも効果が得られます。発達障害児や自閉症児が増えた理由として、体質的に葉酸のメチル化が苦手な妊婦さんが、サプリメントに頼ってメチル葉酸を多く含む食品を摂らないことで、活性型のメチル葉酸不足をきたすという説や、サプリメントとして大量に摂取した葉酸が、食品由来の活性型メチル葉酸の吸収を競合阻害してしまうのではないか、という説があります。今のところ、葉酸サプリメントと発がん促進や児の発達障害や自閉症との関連については不明ですが、まずは葉酸は食品から摂ることを優先し、サプリメントで補充する場合は、用量をしっかり守って過剰な摂取をしないようにしましょう。

セレンディップな欠番のビタミンB10(パラアミノ安息香酸)

B10

4-アミノ安息香酸(パラアミノ安息香酸、PABA)は他のビタミンB群同様酵母抽出物に多く含まれ、必須栄養素とする細菌があることからビタミンB10と呼ばれ研究されました。PABAは真菌の酵素(ジヒドロプテロイン酸シンターゼ)によって葉酸へと変換されますが、ヒトはジヒドロプテロイン酸シンターゼを欠いているので、PABAはヒトにとっては必須栄養素ではなく、葉酸摂取が必須です。そのためPABAはビタミンから外れました。

このPABAの研究は抗菌薬のサルファ剤(スルファメトキサゾール)の開発につながります。PABAに構造が類似しているスルファメトキサゾールは、真菌のジヒドロプテロイン酸シンターゼを競争的に阻害して、細胞内へのテトラヒドロ葉酸の供給を不足させ、DNA合成を阻害し真菌の増殖を抑えますが、ヒトには安全です。1932年にバイエルの研究所で開発されたサルファ剤(商品名プロントジル)は、瀕死の病状だったルーズベルト大統領の息子の命を救ったという逸話も残っています。

サルファ剤に抗炎症剤である5-アミノサリチル酸を結合させたサラゾスルファピリジンは、潰瘍性大腸炎の治療薬として現在も使われています。サルファ剤とトリメトプリムと合わせたST合剤(商品名バクタ)は1975年塩野義製薬から販売され重症感染症の治療には欠かせない薬剤です。トリメトプリムはPABAが葉酸に変換された次の段階、DNA合成に必要なテトラヒドロ葉酸に変換する、ジヒドロ葉酸レダクターゼという酵素の働きを抑制する作用があり、抗がん剤やリウマチの治療薬であるのメトトレキサートは、トリメトプリムから派生した薬です。

なお、1950年代にグラクソ・スミスクライン社でトリメトプリムを開発した米国の女性薬理学者ガートルード・ベル・エリオンは、トリメトプリム以外にも、白血病治療薬ロイケリン、免疫抑制剤イムラン、高尿酸血症治療薬アロプリノール、帯状疱疹・水痘治療薬ゾビラックス、HIV治療薬レトロビルなど、現在も現役バリバリの医薬品を数多く開発し、1988年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

PABAにはビタミン様作用以外に、紫外線を紫外線を吸収して熱や赤外線などのエネルギーに変化させて放出する性質があることから、日焼け止めとして広く用いられてきました。PABAを皮膚に塗布することで、紫外線が皮フに届きにくくなるのですが、皮膚細胞のDNAに損傷を与え、皮膚ガンを誘発することが動物実験では明らかとなりました。国際がん研究機関(IARC)はPABAを「ヒトに対する発がん性について分類できない」グループ3に分類していますが、現在は安全でより有効な誘導体であるメトキシケイヒ酸オクチルや、オクチルジメチルPADAなどが用いられています。なお、海水浴客の皮膚から流出した日焼け止めの紫外線吸収成分がサンゴの生態系に悪影響を及ぼすという意見もあり、米国ハワイ州では、2021年よりサンゴ礁への有害性が指摘される成分を含んだ日焼け止めの販売を禁止しました。民主党政権下での自然保護法なので、トランプ大統領がぶっ壊すかもしれませんね。余談ですが、日焼け止めの成分には紫外線吸収剤の他に、紫外線散乱剤があり、酸化亜鉛、酸化チタン、酸化セリウムなどミネラルの粉体で、肌表面で紫外線を物理的に反射・散乱させて日焼けを防ぎ、紫外線吸収剤よりも皮膚への負担が軽いといわれています。

PABAのエチルエステル体である4-アミノ安息香酸エチル(ベンゾカイン)は、感覚神経を麻痺させ、痛みの伝達を遮断する作用があり、局所麻酔薬として使われています。内服薬として胃の痛みや吐き気を抑えるため胃腸薬や乗り物酔い防止薬に配合され、外用薬としては表面麻酔薬や、皮膚の痛み・痒みの緩和に使用される軟膏の成分になっています。

ビタミンB10になれなかったパラアミノ安息香酸ですが、このように多くのセレンディピティを生み出して、人類の健康に貢献しています。

欠番のビタミンB11はB9(葉酸)と同じものでした

B11

ビタミンB9(葉酸)の化学名はプテロイルモノグルタミン酸でプテリジン(C6H4N4)に、ビタミンB10候補だったパラアミノ安息香酸(C7H7NO2)とグルタミン酸(C5H9NO4)が結合した物質です。人間は体内でこの合成ができないので、葉酸を摂取しなくてはなりません。化学合成された葉酸サプリメントのほとんどがプテロイルモノグルタミン酸ですが、自然界ではモノグルタミン酸の形では存在せず、食品中では葉酸はグルタミン酸が複数結合したポリグルタミン酸の型で存在していています。食品から摂取したポリグルタミン酸型葉酸は、小腸粘膜にある酵素、葉酸コンジュガーゼによってモノグルタミン酸型葉酸へと変換され吸収されます。

ビタミンB11候補だったプテロイルヘプタグルタミン酸は、プテリジン-パラアミノ安息香酸に7つ(ヘプタ)のグルタミン酸が結合したポリグルタミン酸で、ビタミンB9(葉酸)のバリエーションの一つということがわかったため、ビタミンB11は欠番となりました。

小腸でプテロイルポリグルタミン酸からモノグルタミン酸になって体内に吸収された葉酸は、ジヒドロ葉酸還元酵素により、モノグルタミン酸 →ジヒドロ葉酸(DHF)→ テトラヒドロ葉酸(THF)となり、セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼによって、THF → 5,10-メチレンTHF、更にメチレンTHF還元酵素によって、5,10-メチレンTHF →5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-MTHF)となり、このメチル葉酸(5-MTHF)が生体内で活性を持ちます。メチル葉酸(5-MTHF)は食品中にも含まれていて、特にほうれん草、ブロッコリー、カリフラワー、芽キャベツ、レバー、卵に多く含まれています。また葉酸サプリメントでも5-MTHFを成分とする商品もあります。葉酸代謝系の酵素の働きの弱い方は、モノグルタミン酸型のサプリメントを摂っても利用されにくいので、メチル葉酸を多く含む食品をしっかり摂る、5-MTHFを成分とするサプリメントを選択することをお勧めします。

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