高血圧の基準が変わったんですか?
*本稿の全文は[ひもんや日記『高血圧の基準が変わったんですか?』]をご覧ください
診断基準は変わっていません。
『高血圧治療ガイドライン2019』による「高血圧」の診断基準は、診察室での血圧で、上の血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上、下の血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上であり、この基準は変更されておりません。「正常血圧」は120/80 mmHg以下、「正常高値血圧」は120~129/80 mmHgです。高血圧の程度によってⅠ~Ⅲ度に分類され、140~159/90~99mmHgを「Ⅰ度高血圧」、160~179/100~109mmHgを「Ⅱ度高血圧」、180/110mmHg以上を「Ⅲ度高血圧」としています。変更されたのは、全国健康保険協会(協会けんぽ)が、重症化予防事業として行っていた、未治療者への受診勧奨基準が、「収縮期:140mmHg以上/拡張期:90mmHg以上」Ⅰ度高血圧の基準から、2024年(令和6年)4月から「収縮期:160以上/拡張期:100以上」Ⅱ度高血圧になったことです。
変更の理由は明らかにされていません。高血圧は患者数が約4,300万人と推定される巨大マーケットです。受診勧奨基準を引き上げることで、医療機関の受診者数を抑制でき、医療財源(健保組合)の負担が軽くなります。以前は早期の介入で血圧を下げ重症化を防ぐことで、医療費を減らせると目論んでいたのが上手くいかなかった。一方基準を上げると、降圧剤の市場が縮小してしまう可能性があります。なぜかこの変更は新聞やテレビではほとんど報道されていません。製薬メーカーはマスコミに莫大な広告費を払っているお得意さまです。
なお2019年の英国政府のガイドライン(NICE)では、高血圧に対する医療介入は収縮期160/拡張期100mmHg以上となっています。
急激に血圧が上がった場合には頭痛、吐き気などの症状がありますが、健診で指摘されるような高血圧はほとんど症状がありません。痛くも痒くもないのに治療しなくてはならないのは、高血圧は脳卒中や心筋梗塞といった重大な合併症を引き起こすリスクがある、とされているからです。
最近の研究から、Hypertension Research誌オンライン版2024年4月8日に掲載された、横浜市立大学データサイエンス研究科からの報告をご紹介します。
関東・東海地方に本社のある企業など10数社による職域多施設共同研究“Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study”(J-ECOHスタディ)に参加した、高血圧の治療中ではない就労者8万1,876人を9年間追跡調査した結果、「少し高い血圧」の段階から脳・心血管疾患の発症リスクが高まることが確認されています。
参加者は、ベースライン時に降圧薬を服用していない20~64歳の就労者8万1,876人。血圧分類は、2010年度または2011年度の血圧値を『高血圧治療ガイドライン2019』に基づき、正常血圧、正常高値血圧、高値血圧、Ⅰ度高血圧、Ⅱ度高血圧、Ⅲ度高血圧の6群に分類しました。脳・心血管疾患発症の定義は、コホート内で脳・心血管疾患、疾病休業、死亡の3種類の登録制とした。追跡期間は2012~21年の最大9年間。統計解析はCox比例ハザードモデルを用いハザード比(HR)を算出しています。
結果は以下のとおり。
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追跡期間中に334例の心血管イベント、75例の心血管死亡、322例の全死因死亡がみられた。
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正常血圧を基準とした心血管イベントの多変量調整HRは、正常高値血圧が1.98(95%CⅠ:1.49~2.65)、高値血圧が2.10(95%CI:1.58~2.77)、Ⅰ度高血圧が3.48(95%CI:2.33~5.19)、Ⅱ度高血圧が4.12(95%CI:2.22~7.64)、Ⅲ度高血圧が7.81(95%CI:3.99~15.30)だった。
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最も集団寄与危険度割合が高かったのは高値血圧で17.8%、次いでⅠ度高血圧で14.1%、正常高値血圧で8.2%と続いた。
以上の結果から、少し高い血圧(正常高値血圧)の段階から脳・心血管疾患発症リスクに対する取り組みが必要であることが明らかとなりました。
2008年「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、40歳〜74歳までの公的医療保険加入者全員を対象とした「特定健康診査・特定保健指導」がはじまりました。腹囲の測定及びBMIの算出を行い、基準値(腹囲:男性85cm、女性90cm / BMI:25)以上の人はさらに血糖、脂質(中性脂肪及びHDLコレステロール)、血圧、喫煙習慣の有無から危険度によりクラス分され、クラスに合った保健指導(積極的支援/動機付け支援)を受けることになります。特定健診と特定保健指導により、我が国では多くの高血圧患者が「掘り起こされ」、治療されるようになりました。
高血圧が脳血管障害や心疾患と関連があることは疫学的に明らかですが、では血圧を下げることでそれらの疾患が回避できるのか? 2013年に、高血圧の治療薬であるディオバン(一般名:バルサルタン)の医師主導臨床研究に、ノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与していた利益相反問題と、臨床研究の結果を発表した論文のデータに問題があったとして、一連の論文が撤回された事件は記憶に新しいこととおもいます。「ディオバンを服用して血圧を下げている患者さんは、脳血管障害や心疾患で入院したり死亡するリスクが低い」という報告に虚偽があったわけですが、逆に考えるとディオバンをのんで血圧を下げても、実は脳血管障害や心疾患のリスクは下げられないのではないか、ということを示唆しています。
高血圧のうち内分泌疾患や腎動脈狭窄など、原因がはっきりしている高血圧は少数で、ほとんどの高血圧は原因不明の本態性高血圧です。全身のセンサーの情報を統合して身体が最適と判断している血圧が、学会の決めた基準よりも高い、というものです。本態性高血圧を治療することで、自分にとって最適な血圧を保てていない可能性がある。原因のはっきりしている高血圧や、頭痛や吐き気などの症状を伴う場合以外、降圧剤を服用することには慎重であるべきです。
当院では、今回の基準改定以前から、「収縮期:160以上/拡張期:100以上」Ⅱ度高血圧に満たない方には、減塩などの生活習慣の改善をお勧めして、一定期間努力しても(努力できないため?)改善しない場合には、糖尿病や腎障害などの合併症も考慮して治療をご提案しています。薬を飲み始めた方でも、血圧が安定したところで、減薬休薬してみることも考慮します。治療で下がった血圧に身体が慣れて、服薬しなくてもセンサーが血圧を低く設定してくれる可能性もあるからです。「降圧剤は一度飲み始めたら一生飲まなくてはならない」は嘘です。気温が上がると血管が広がるので、血圧は下がります。暑くなるこれからの季節は、降圧剤を減薬休薬するチャンスです。春夏は薬を飲まず、秋から冬だけ降圧剤を服用されている方もいます。
目黒区では6月から、高血圧未治療者への受診勧奨の新基準での特定健診が始まりました。
高血圧を心配されている方、現在治療中の方も、ご来院の上、ご相談ください。
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