風邪に抗生剤はSTOP! ― 耐性菌を作らないために ―
このたび厚生労働省から、医療機関に向けて、風邪には抗生物質(抗菌薬)を使わないことを推奨する、という内容の提言がなされました。 抗生物質は20世紀前半に登場し、ちょうど第2次世界大戦の時期と重なったこともあり、細菌性の感染症に対する圧倒的な効果を示し、抗生物質への信頼は絶対的なものになりました。 しかし、風邪のほとんどは感染症であっても原因がウイルスなので、抗生物質は効かないのにも拘わらず、わが国では処方されることが多く、長く問題になっていました。 風邪症状に抗生物質が処方され続けてきた要因として、医者の立場からすると、細菌性肺炎や髄膜炎などの初期症状も風邪症状であり、風邪は万病の元といわれる所以ですが(正しくは万病の元ではなく、万病の初期症状と似ている)、万一のことを考え、安心のために抗生剤を出しておく、ことがあります。またウイルス感染で弱った気道粘膜に2次的に細菌感染を起こすことがあるので(いわゆる風邪をこじらせた、という状態)、予防的に抗生物質を投与する、ということもあります。 患者さんの側でも、これまでずっと抗生物質を飲んできたので、それで風邪が治ったという気分になっていて、抗生物質を処方されると「なんとなく安心」という意識があるようです。
また厚労省研究班が今年3月に実施したインターネット調査では、回答者約3400人の4割以上が「抗菌薬はウイルスをやっつける」「風邪やインフルエンザに抗菌薬は効果的だ」などの誤った記述を「正しい」と答えており、こうした誤解も抗生物質の処方を希望される要因となっているようです。
効かない抗生物質を処方することの問題として、副作用の懸念、医療費の無駄遣い、そして薬剤耐性菌を増やしてしまう懸念があります。 効かない薬を服用して、副作用が生じたのでは何のための治療かわかりません。 医療費も同様で、効かない薬代の1~3割を個人が負担し、9~7割を国民が負担しています。個々の額は小さくても、国全体では大きな無駄遣いです。 そして耐性菌の問題です。我々の身体には常時たくさんの病原菌が入ってきていますが、免疫力で抑え込んでいます。風邪のときに抗生物質を飲むと、ウイルスには効きませんが、免疫で抑え込めている細菌に対しては、攻撃を仕掛けます。その菌が死滅しても、わずかに生き残った菌が復活してきます。それを繰り返していると、抗生物質に打ち勝つ菌が現れてきます。これが耐性菌です。 体力が落ちて菌が暴れだしたときに抗生物質治療を行っても、すでに耐性化した菌には効かなくなってしまっているわけです。 また、その耐性菌を世の中にまき散らすことで、感染した他の人もまた、抗生物質が効かないという事態がおこります。 国全体で考えると、たいへんな事態になります。 これまでは次々と新しい抗生物質が開発され、耐性菌を抑え込んできましたが、残念ながら、現在製薬会社の新薬開発のスピードが鈍っています。 高齢化の進んでいるわが国では、耐性菌のパンデミックが起こりかねない状況です。
医者も患者も、自分のため、そして世の中のために安易な抗生剤処方、服用は見直さなくてはいけません。
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