入浴には気を付けて
碑文谷警察から突然の電話で、当院の患者さんの死亡を伝えられ、通院中の経過についての照会を求められることがありますが、浴室で亡くなっていたケースが少なくありません。また、受診日を過ぎても何日も受診されない、お電話にも出られない患者さんのお宅を警察に連絡してお訪ねてみると、浴室で倒れられていたという経験は一度や二度ではありません。
東京都健康長寿医療センターは、東京消防庁全救急隊の協力のもと平成11年10月から平成12年3月までに行った調査結果に基づいて、全国での入浴中の急死例の推計を行ったところ、東京23区内では半年間に628件の死亡事故が発生し、一年で866件と推定され、東京23区内の年齢構成と全国の年齢構成の違いを考慮して、平成11年度の全国の入浴中急死は約14,000人と算出されました。東京23区内データのうち79%を占める高齢者の比率から推定すると、全国では約11,000人の高齢者が死亡しており交通事故死の数倍は多いといえます。
特に11月から3月までの寒い時期に多く(図1)、しかも夜中の時間帯に集中しています(図2)。
入浴中の急死・急病の原因は、心肺停止、脳血管障害、一過性意識障害(失神)、溺水・溺死とされます。入浴事故は冬期に、かつ寒冷地に多く、また心肺停止は自宅浴室での発生がほとんどで、人目の多い公衆浴場では認められていません。
入浴事故死はシャワー浴が主体の欧米では極めて少ないので、本邦に特有の入浴形式(浴槽につかる)が入浴中急病・急死の誘因と考えられています。
入浴の際はかなりの血圧変動があります
欧米の建物はどの部屋でも一定の温度になるように設計されていますが、日本の建物では冬の季節に暖房している居間と暖房していない脱衣場や浴室で10度以上の温度差も決して珍しくありません。
寒い脱衣場で衣服を脱ぐと、その寒さに反応して体から熱が奪われないように毛細血管が収縮します。その結果、血圧が上昇し血のめぐりが悪くなります。
浴槽に入り熱い湯に触れると交感神経の緊張のため、急激に血圧が高くなる一方で、肩までどっぷり湯につかる日本式入浴スタイルは心臓にかかる負担が大きくさらに血圧が上がる原因となっています。
その後、浴槽内で体があたたまると血管が拡張し血圧は急激に下降します。浴槽からあがると、からだが冷えるので熱を奪われないようにと再び血管が収縮するという生理機能が働き、再び急激な血圧上昇が起こります。
そのため、血圧が高い人や高齢者の方では入浴時の血圧上昇のため脳血管が破れて脳出血 を引き起こしかねません。また、浴槽内で急激に血圧が下がると血液の流れが悪くなる上に、入浴による発汗のために血液の粘度が増して血管がつまりやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞が多くなります。最も多いのが心筋梗塞を代表とする循環器疾患で約70%を占めており、次いで脳内出血やくも膜下出血などの脳血管疾患が約18%となっています。
冬の寒さが厳しい福井、山形、富山などでは入浴中突然死の発生率が高くなっています。しかし全館暖房が普及している北海道では冬の厳寒にもかかわらず入浴中突然死は10位以内と発生率は低くなっています。浴室暖房器具や床暖房などの設置により部屋間での温度差をできるだけなくすことが、入浴関連死亡の減少には有用とおもわれます。
入浴事故防止あるいは入浴事故の早期発見のため、つぎの7点に注意してください
- 脱衣所や浴室をあらかじめ暖め、入浴時の温度差を少なくする。
- 浴槽は浅め(あるいは水位を低く)で半身浴が望ましく、縁に手をかけておく。
- ぬるめの温度(39~41℃)で、長湯はしない。
- 一日の中で体温が上昇し、血圧の安定する16時から19時頃までの入浴が望ましい。
- 血圧下降の原因となるような飲酒や食後の入浴や、入浴中の急激な起立は避ける。
- 入浴後は水分を補給する。
- 高齢者が入浴しているときは、家人や周囲のひとが声かけするようにする。単身者の場合、出浴時に浴槽の栓を抜く習慣をつけるのも溺水の予防となります。